は  じ   め  に  津なぎさまち   生徒会誌に投稿   ぐるっと津めぐり  高  田  本  山
北 畠 神 社 地 域 の 紹 介 活性化をめざして1 活性化をめざして2 ト  ピ  ッ  ク





北畠神社 春の大祭


北 畠 神 社・・・・・南北朝時代の1342年に北畠顕能(きたばたけあきよし)が初代国司となり、上多気に霧山城を拠点として国司館を築いた。「伊勢の小京都」と言われ、伊勢の山間地に戸数3500、寺40を越す城下町を形成、伊勢の山間地に文化の華を咲かせた、そして240年間にわたって伊勢国司として君臨した。また古代より伊勢と大和を結ぶ旧伊勢本街道は美杉町を貫いているが、この北畠神社はかっての多気御所の一部であり、前を流れる川に沿って城下町が開かれていた。
この街道沿いには、三多気の桜、奥津や上多気(かみたげ)の町並み、霧山城址、北畠館跡庭園など文化遺産が点在している。                            



上多気の町並み


北畠館跡庭園
                                                       

飼坂(かいさか)トンネル
伊勢参宮が盛んになった江戸時代には、多くの旅人が行き来したが、飼坂峠は一番の難所であった

旧伊勢本街道
大和と伊勢を結ぶ旧伊勢本街道は古くから開け、江戸時代には参宮街道として多くの旅人が行き来した

旧三木屋跡
旧伊勢本街道沿いの旧三木屋は、江戸時代より多くの宿泊客で賑わい、宿場町多気を代表する旅籠であった
美杉ふるさと資料館
北畠氏の古文やよろいなどの資料と、昔からつかわれていた農具などを展示している資料館
       上多気常夜燈
江戸時代には伊勢をめざして何百万人の人たちがこの地を踏み、多気は宿場町として明治中期まで大変栄えた
この常夜燈は1865年に建立、高さが4.9mもあり参宮街道の数多くある燈籠のなかでも最大級のものである
       秋季大祭
境内では歌謡ショーやカラオケ、福引などが行われ、秋の休日を地元の住民を中心に300人以上が参加して楽しいひとときをすごした


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